LOGIN『相沢美緒様。私は三年前、あなたがこの世界へ召喚された夜、中央神殿地下で白い棺の声を聞きました。』
そこまで読んだところで、ミオは一度手紙から目を離した。
部屋は静かだった。
窓の外では、王城の夜警が交代する足音が遠くに聞こえている。机の上には、今日まで積み重ねてきた資料の一部が置かれていたが、今はどれにも手を伸ばす気になれなかった。
三年前。
自分が日本から突然この世界へ引きずり込まれ、人間王国
エレナ・ロスティアと中立交易都市ラウネで会える可能性が高くなった翌朝、ミオは王城の小会議室で、机いっぱいに広げられた質問案を見ながら頭を抱えていた。最初は、それほど難しい作業ではないと思っていた。三年前の召喚の日、エレナは中央神殿の地下にいた。白い棺を実際に見て、「まだ早い」「門を開くな」という声を聞き、七つの環状紋のうち外側の一つが閉じるところも目撃している。召喚直後の祭司長の言葉も覚えており、「我々があの娘を選んだのではない」「境界反応が先だ」と聞いたという。ならば、本人に会って一つずつ確認すればいい。そう考えていたのだが、ザラとアルクが作った質問案を実際に並べてみると、軽く三十項目を超えていた。「これ、面談じゃなくて尋問になりませんか?」ミオが言うと、アルクは真顔で紙を見直した。「情報収集という意味では、この程度は確認したいところです」「でも、最初から最後まで聞いたらエレナさん、たぶん帰りたくなりますよ」「その可能性はあります」「あります、じゃなくて」
『相沢美緒様。三年前、祭司長は召喚直後、私たちにこう言いました。「我々があの娘を選んだのではない。選ばれた座標へ、こちらから手を伸ばしただけだ」と。』エレナ・ロスティアから届いた二通目の手紙を、ミオはそこで一度机へ置いた。意味が分からなかったわけではない。むしろ、意味が分かりそうだからこそ、すぐ続きを読みたくなかった。これまでミオたちは、人間神殿が召喚対象として相沢美緒を選び、日本にいた彼女へ向けて術式を発動したのだと考えてきた。実際、発見された古い文書には、はっきりとこう書かれていた。『対象・相沢美緒。世界境界適合率九十二。聖卓発現可能性、極高。』さらに、その後の人生まで計画されていたかのような記録もあった。王太子との婚姻関係を作ること。三年間、人間社会へ定着させること。その後、拒絶と追放によって人間側との結びつきを断ち、北方へ誘導すること。竜王と接触させること。
『適合率九十二。高すぎる。これを招けば、門が持たない。儀式を中止すべきだ。』ザラが差し出した記録を読み終えても、ミオはしばらく顔を上げることができなかった。これまでに見つかっていた召喚関係の記録では、「世界境界適合率九十二」という数字は、ミオが異世界から召喚される対象として極めて適していたことを示す数字のように扱われていた。九十二だから選ばれた。九十二だから《聖卓》が発現する可能性が高かった。少なくとも、ミオはそう理解していた。しかし、目の前の古い記録には、その九十二が「高すぎる」と書かれている。しかも、召喚を成功させるためではなく、中止すべき理由として。「これ、本当に私が召喚されたときの記録なんですよね?」ミオが確認すると、ザラはすぐには頷かなかった。「日付は一致しているし、同じ頁の前後には異界召喚の準備記録がある。ただし、ここに『相沢美緒』とは書かれていないから、絶対にあなたのことだと断定するのはまだ早いわ」「でも、適合率九十二なんて
『相沢美緒様。私は三年前、あなたがこの世界へ召喚された夜、中央神殿地下で白い棺の声を聞きました。』そこまで読んだところで、ミオは一度手紙から目を離した。部屋は静かだった。窓の外では、王城の夜警が交代する足音が遠くに聞こえている。机の上には、今日まで積み重ねてきた資料の一部が置かれていたが、今はどれにも手を伸ばす気になれなかった。三年前。自分が日本から突然この世界へ引きずり込まれ、人間王国の中央神殿で「聖女」と呼ばれた夜。そのとき、地下では白い棺のようなものが反応していた。リリアが召喚された夜にも、同じ白棺の前で祈りを捧げさせられたという。そして彼女は、そこで「違う」「その子ではない」という女の声を聞いた。さらに古い神官日誌には、ミオが召喚された夜にも、地下で「発声を聞いた」と申し出た祭具管理者が二人いたと記されていた。そのうち一人。エレナ・ロスティア。彼女が、今も生きている可能性がある。
「ミオさん。私、ここで働き続けたいです。でも今度は、前と同じ条件じゃなくて、自分で続けられる働き方を相談させてください」海から戻った翌日、休業中の『ミオの食卓』でエナからそう言われたとき、ミオは嬉しさのあまり「もちろんです」とすぐ答えそうになった。けれど、そこで一度だけ口を閉じた。エナは戻ってきてくれる。それは嬉しい。ただし、戻ってくることと、以前と同じように働いてもらうことは別だ。一週間前、自分は「辞めてもいい」と言った。それは単に退職の自由を認めたかったからではなく、エナ自身が自分の生活を選べるようにしたかったからだ。だったら、今日もまず聞かなければならない。「分かりました。エナは、どういう働き方にしたいですか?」ミオが尋ねると、エナは少しだけ緊張を解いたように息を吐いた。「週三日にしたいです」「今まで四日でしたよね」「はい。営業日が週四日なので
翌朝、ミオが一階の食堂へ降りると、カエルはすでに窓際の席で朝食を食べていた。昨日買った小さな木製の船の置物が、なぜか卓の端へ置かれている。「おはようございます。……それ、わざわざ部屋から持ってきたんですか?」「昨日買ったから、少し見ていたかった」「気に入りすぎじゃありません?」「悪い?」「悪くないですけど、竜王様が港の露店で買った小さな船を朝食の卓に飾っているの、知ってる人が見たら驚くと思います」「今日は竜王を休む」「そうでした」ミオは向かいへ座った。今朝の料理は、焼きたてのパンと卵料理、それから魚の燻製と野菜のスープだった。ミオが料理を見て何か考え始めるより早く、カエルが念を押す。「今日は遊覧船」「分かってます。仕事の研究はしません」「本当に?」







